韓国社会の新たな風景
ソウル・江南(カンナム)のオフィス街。朝7時。 IT企業勤務のパク・ジンホさん(32歳)が、重い足取りで地下鉄の階段を降りていく。
「もう限界かもしれない…」
彼が最近よく口にする言葉だ。月300万ウォン(約30万円)の給料では、ソウルでワンルームを借りるのがやっと。結婚なんて夢のまた夢。
そんな彼が最近、真剣に考えているのが「귀농(グィノン)」―田舎への移住だ。

「帰農」が韓国を変え始めた瞬間
「귀농(帰農)」という言葉、聞いたことありますか?
文字通り「農村に帰る」という意味で、都市生活に疲れた人々が田舎に移住して農業を始める現象を指します。
実は今、韓国では静かな「帰農ブーム」が起きているんです。
数字が物語る現実
韓国農林畜産食品部の統計によると:
- 2022年の帰農者数:約1.2万世帯
*出典:韓国統計庁「2022年帰農漁・帰村人統計」 - 帰農の特徴:農村出身者のUターンが70.7%
*出典:農林畜産食品部「2022年帰農帰村実態調査」

えっ!?こんなにたくさんの人が田舎に移住してるの!?
でも、なぜ今「帰農」なのでしょうか?
韓国の若者を襲う「五重苦」
1. 絶望的な住宅価格
ソウルの平均マンション価格は13億ウォン(約1.3億円 )。
*出典:https://www.newsis.com/view/NISX20250428_0003155866
これはソウルで働く人の平均年収の27年分に相当します。
*出典:https://www.hankyung.com/article/2024121973057

27年分!?一生働いても家買えないじゃん…
2. 就職氷河期の長期化
大卒者の就職率は70%台。「SKY」(ソウル大、高麗大、延世大)を出ても正社員になれない現実。
出典:https://www.mjobcallnews.com/news/articleView.html?idxno=2924
3. ワークライフバランスの崩壊
週52時間労働制が2018年から段階的に導入され、2025年には30人未満の事業場にも全面適用。しかし中小企業では依然として遵守が困難で、『定時退社』の実現にはまだ時間がかかる現実。
出典:https://shiftee.io/ko/blog/article/2025-52-hour-workweek-regulations-workforce-management-guide
4. 結婚・出産の諦め
出生率0.72(2023年2月)は世界最低。「恋愛・結婚・出産」を諦める「三抛世代」から、今や「七抛世代」(人間関係・マイホーム・夢・希望まで諦める)へ。
出典:https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/03/154ec437debe60b9.html
5. 老後への不安
年金だけでは生活できない。定年後も働き続ける「銀髪配達員」の増加。
「銀髪配達員(실버택배)」―韓国で60代以上の高齢配達員を指す言葉です。定年後も生活費を稼ぐため、重い荷物を背負って階段を上り下りする高齢者たち。韓国の深刻な老後貧困問題を象徴する存在となっています。

70代でも深夜に配達…これが現実なんて…
なぜ都市を離れて農村へ?
韓国では都市から農村への移住(帰農・帰村)が社会現象となっています。2023年の政府調査によると、帰農・帰村世帯の70%が農村生活に満足していると回答しました。
*出典:農林畜産食品部 2024年2月28日発表
帰農の理由
帰農の主な理由:
- 自然環境の良さ:30.3%
- 農業の発展可能性:22.3%
- 家業の承継:18.8%
帰村(農業以外の目的での農村移住)の理由:
- 農業以外の職場就職:24.1%
- 精神的なゆとり:15.3%
- 自然環境:13.7%
- 安い住宅価格:9.6%
都市のストレスから逃れ、自然の中で新しい人生を始めたい―そんな願いが数字に表れています。実際、帰農前の平均準備期間は25.8ヶ月。これは衝動的な決断ではなく、じっくり考えた末の選択であることを示しています。
実際、SNSでは「#귀농일기(帰農日記)」のハッシュタグで、都市を離れた人々の生活が数多く投稿されています。
政府も後押しする「帰農」政策
韓国政府も、この帰農の流れを積極的に支援しています。
帰農支援制度
- 帰農教育:帰農世帯の47.7%が事前教育を受講
- 各種補助金制度:初期定着支援
- 空き家活用支援:農村の空き家を活用した住居支援
教育を受けた人と受けていない人では、5年後の農業所得に大きな差が出ます:
- 教育受講者:2,988万ウォン
- 未受講者:1,277万ウォン
*出典:農林畜産食品部「2020年帰農・帰村実態調査」2021年2月発表
でも、現実はそんなに甘くない
帰農の「影」の部分
帰農者の収入は大幅に減少します:
- 帰農1年目の世帯所得:2,782万ウォン
- 帰農前の平均世帯所得:4,184万ウォン
*出典:https://www.mafra.go.kr/bbs/mafra/68/326536/artclView.do
→5年後でも帰農前の87.5%の水準までしか回復しない。
さらに深刻な問題も:
- 地域住民との関係が「良くない」:2.4%(帰農)、1.9%(帰村)
- 主な葛藤要因:先入観と排他性、生活様式の違い、土地問題など

都市も大変、でも田舎も大変…どうしたらいいの?
帰農できない人たち
実際に帰農する人の割合を見ると:
- U型(故郷に戻る):57.6%
- J型(故郷近くの農村へ):21.1%
- I型(縁のない農村へ):15.2%
つまり、帰農者の約8割は何らかの縁がある地域を選んでいます。全く縁のない土地への移住はハードルが高いのです。
*出典:農林畜産食品部「2020年帰農・帰村実態調査」2021年2月発表

お金も勇気も必要…簡単じゃないよね
新たな選択肢を模索する若者たち
完全な帰農はできないけれど、都市生活も限界―そんな人々は別の道を模索しています。
- 地方都市への移住:ソウルほど高くない家賃、それなりの仕事
- デジタルノマド:IT技術を活かして場所を選ばない働き方
- 週末農業:平日は都市で働き、週末だけ農村で過ごす「5都2村」生活
「5都2村」とは、平日5日は都市(都)で働き、週末2日は農村(村)で過ごすライフスタイル。完全な帰農はハードルが高いため、都市の仕事を維持しながら田舎暮らしも楽しむ折衷案として注目されている。


これって、日本でも同じ話じゃない?
日本の私たちが学ぶべきこと
韓国の「帰農」現象は、決して対岸の火事ではありません。
日本でも進む地方回帰の動き
地方移住への関心の高まり
- 東京23区在住者の34.2%が地方移住に関心
- 特に20代では50.9%と約半数が関心を持つ
*出典:内閣府「第5回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2022年6月)
新規就農の現状
- 新規就農者数は年間約4万5,840人(2022年)
- うち49歳以下が約1万6,630人で、若い世代の就農も一定数存在
*出典:農林水産省「令和4年新規就農者調査結果」(2023年4月公表)
日韓共通の課題
両国とも同じような構造的問題を抱えています:
- 首都圏への一極集中
- 地方の高齢化と人口減少
- 農業の担い手不足
韓国で起きている現象は、時差を置いて日本でも顕在化する可能性があります。韓国の試行錯誤から学べることは多いはずです。
おわりに:新しい生き方の模索
パク・ジンホさんは結局、会社を辞めて慶尚北道の農村に移住しました。
「収入は3分の1になったけど、朝、鳥の声で目覚める生活は悪くない。ソウルでは見えなかった星が、ここでは見える」

韓国の帰農者たちの選択は、私たちに問いかけています。 本当の豊かさとは何か? どこで、どう生きるのが幸せなのか?
収入は減っても、自然の中で家族との時間を大切にする生活。 都市の便利さはなくても、地域コミュニティの中で生きる喜び。
正解はありません。でも、選択肢があることを知ることは大切です。

みなさんは都市派?それとも田舎派?
韓国の帰農現象について、ぜひコメントで意見を聞かせてください!
この記事の統計データは2023-2024年の韓国政府発表資料に基づいています
グィノンって読むんです!都市から農村に帰るって意味なんですよ〜